和漢医薬学の基礎と臨床の橋渡しを推進する

和漢医薬学会

第33回 和漢医薬学会学術大会「市民公開講座」

2017年2月7日 カテゴリー: 市民公開講座

pdf開催日:2016年8月28日 (日)
場所:星薬科大学 C会場 (202・203 (新星館) ) 

オーガナイザー
矢久保 修嗣 [日本大学医学部内科学系総合内科・総合診療医学部分野 准教授]

講師
荒木 厚 [地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター内科 総括部長]
矢久保 修嗣 [日本大学医学部内科学系総合内科・総合診療医学分野 准教授]

フレイルを考慮した健康増進と高齢者医療

講師 荒木 厚
[東京都健康長寿医療センター内科総括部長]
要旨
  1. フレイルとは
    フレイルは、以前frailtyという英語を「虚弱」と呼んでいたのですが、もっと健康に戻すことができると意味を持たせるために、日本老年医学会が「フレイル」という日本語に訳しました。すなわち、フレイルは健康と要介護の中間の状態で、食事、運動、治療によって健康に戻すことができる状態です。 フレイルは加齢に伴う予備能の低下のために、ストレスによって容易に要介護、転倒、施設入所、死亡などの健康障害をおこしやすい状態と定義されます。
  2. フレイルの評価法
    Friedらは、体重減少、疲労感、筋力低下、身体活動量低下、歩行速度低下の5項目の中で、3項目以上あてはまる場合をフレイル、1~2項目当てはまる場合をプレフレイルとしています(図1)。 身体的フレイルだけでなく、認知機能が低下したり、社会とのつながりが不足したりしても死亡しやすくなることがわかっています。したがって、身体的フレイルだけでなく、認知機能低下などを含むもっと広い意味のフレイルの考え方もあります(図1)。この広い意味のフレイルの指標には基本チェックリストなどがあります。基本チェックリストは、手段的ADL、椅子から起立、低栄養、閉じこもり、認知機能、うつなどの項目が含まれており、8点以上だとフレイルと判定できます。
  3. フレイルの原因となる病気
    フレイルは様々な病気が原因でもおこります。糖尿病、循環器疾患、慢性閉塞性肺疾患、認知症、眼科疾患、耳鼻咽喉科疾患、骨粗鬆症などの骨の病気、慢性腎臓病などがフレイルの原因となります(図2)。フレイルの原因となる病気の治療を行うことが大切です。とくに、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病や心不全、心房細動などの心臓病などの治療を継続することがフレイル予防となります。
  4. フレイルの対策
    フレイルの予防や進行防止の対策として最も重要なことの一つが運動です。運動ではレジスタンス運動と多要素の運動が有効であるとされています。 レジスタンス運動(RT)は負荷をかけて筋力トレーニングを行うことで、少なくとも週2回以上行うことが大切です。RTとはロコモのスクワット、自転車こぎ、水中歩行、マシントレーニングなどの運動です。また、介護保険のデイケアというサービスを利用する方法もあります。多要素の運動は様々な運動を組み合わせるもので最初は柔軟性運動(ストレッチ)から始めて、軽度のレジスタンス運動、有酸素運動、中等度から強度のレジスタンス運動、バランス運動などを組み合わせて行くものです(図3)。
    フレイルの進行を防ぐためには充分な摂取エネルギーとたんぱく質をとることが大切です(図4)。たんぱく質の摂取量が多いほどフレイルが少なくなります。とくに、たんぱく質に多く含まれるロイシンなどのアミノ酸は、筋肉の蛋白質の合成を促すことが知られています。たんぱく質を多くふくむ食品は肉、魚、卵、牛乳、大豆製品などです。また、フレイルがある人は体重を減らさないようにすることが大切です。体重が減ると筋肉も減ることがあるので注意を要します。 社会とのつながりが不足するとフレイルになります。したがって、講演会や地域の行事に参加し、ボランティア活動を行って社会参加することがフレイルの予防となります。
  5. まとめ
    フレイルは要介護や死亡のリスクが高いかどうかを判断する最も良い物差しです。したがって、高齢者は、フレイルの段階から、運動、栄養、社会参加などの様々な対策を行い、フレイルの原因となりうる病気を治療することが大切であり、それが健康寿命を延ばすことにつながるのです。
補足資料

四十をこえたら漢方薬を

講師 矢久保 修嗣
[日本大学医学部内科学系総合内科・総合診療医学分野]
要旨 高齢者医療において加齢に伴う生体の虚弱現象に関して,サルコペニアやフレイルなどの用語が用いられるようになってきた.これは古代中国医学の五臓論における腎の機能が失調している腎虚の概念としてとらえることもできる.
腎の概念では,腎は先天的に持っている成長・発育のための生命エネルギーを保持するなどと考えられている.腎の機能低下である腎虚では子供の発育不良、不妊症、精力減退、下肢の衰え,老化症状,精力減退などの症状がみられるという.
江戸時代中期以降のわが国の医学である漢方医学においては具体性,実用性を優先した.中国の医学が論理性,抽象的理屈を尊び,観念論的に陥る傾向があることを指摘し,五臓六腑説に疑問を抱くようになってきた.その結果,漢方医学においては,実践やその経験をまとめた口訣を重視した.これに加えて日本独自の診察法である腹診を発展させた.
この腹診においてみられる小腹不仁の所見は,腎虚やサルコペニアやフレイルを含む加齢現象などの徴候であり,八味地黄丸や牛車腎気丸,真武湯を投与する目標となる(図).この腹診は重要な診察手技であるので,これを標準化,あるいは教育するために,私たちは腹診シミュレータを開発した(図).
臨床では腹診をすると小腹不仁の所見が,高齢者ばかりでなく40歳台でも多くみられることを,私の周囲の漢方医が指摘をしている.加齢現象は若いときから出現しているのか,あるいは以前よりこの徴候がみられたが,治療の必要性がより明らかになってきたのか.いずれにしても,小腹不仁を治療目標とする八味地黄丸などの漢方薬の投与の必要性を彼らは強調している.“四十をこえたら漢方薬をのむ必要がある”ことが,私の周囲の話題になっている.これが,これからの漢方医学における口訣になっていくものと考えられる. 

八味地黄丸は,腹部では小腹不仁を呈し,中年以降で排尿異常や、下半身の脱力感、冷え、しびれ、痛みなどを治療する.

牛車腎気丸も,腹部は小腹不仁を呈する.腰や下肢の脱力感、冷え、痛み、しびれなどがあり、夜間頻尿、尿量減少などの排尿異常を治療している. 動物実験ではサルコペニア改善の報告もある.

真武湯は,腹部は軟弱で振水音.小腹拘急を認める.新陳代謝が低下して体力が低下し,全身倦怠感,四肢の冷感,下痢などをきたし,めまい,動悸などの症状を伴う.腹部は軟弱で振水音.小腹拘急を認める.

女性,男性を問わず加齢という生体の変化がみられる.これは疾患ではなく,いわゆる未病に属するものである.加齢現象はすでに始まっており,

  • 日本漢方の特徴■奈良時代以前に中国から伝播〜米が主食,温野菜,魚を
    ➡日本の気候風土,生活習慣に合わせて独自に発展… 

    ■腹診を重視〜舌,脈に加えて “おなか”も
    ➡小腹不仁(加齢現象),振水音(胃腸虚弱)など

理論ではなく,先人の経験の蓄積である口訣を活用

女性,男性を問わず更年期以降に,生体の変化がみられる.これは疾患ではなく,いわゆる未病に属するものである.加齢現象はすでに始まっており,四十をこえたら漢方薬をのむことが,最近,私の周囲の話題になっており,これからの口訣になっていくことも考えられる.

〜最近の話題,

■傷寒論を中心に〜日本における臨床経験の中で有益な処方
➡八味地黄丸,真武湯,牛車腎気丸,六君子湯などを紹介

補足資料