和漢医薬学の基礎と臨床の橋渡しを推進する

和漢医薬学会

第41回 和漢医薬学会学術大会「市民公開講座」

2024年9月13日 カテゴリー: 市民公開講座

開催日:2024年8月25日 (日)
場所:千葉大学 亥鼻キャンパス 医学系総合研究棟3階

科学的視点でみる、鍼灸の効く理由

講師

 

 

内原 拓宗先生

[千葉大学大学院 医学研究院 和漢診療学]

要旨  鍼灸は2000年以上前の古代中国で成立し、現在にまで伝わる伝統医学であるだけに留まらず、欧米諸国やアフリカなど、世界中で現在も用いられている医療手段である。その歴史的背景から、「経絡」や「経穴(ツボ)」といった現代の医学とは異なる独自の理論を持ち、長らく「説明はできないけれど、効果が出ることがある不思議な医学」として扱われてきた。

しかし近年、例えば2024年5月にNHKスペシャルで放映された「東洋医学を“科学”する 〜鍼灸(しんきゅう)・漢方薬の新たな世界〜」のタイトルにあるように、鍼灸や漢方薬が人体に対して持つ作用の科学的側面が明らかになり、「説明できる」医学として再認識されつつある。

そこで市民公開講座の一環として、鍼灸施術による人体への効果について、以下の概要を紹介した。

・自律神経に対する作用と影響(循環器や消化器、泌尿器などに対する作用)
→ 鍼灸刺激が体性―自律神経反射を起こし全身に様々な影響を及ぼす。

・鎮痛作用
→ 鍼刺激が内因性鎮痛物質の分泌を促進し、下行性抑制系を作用させて痛みの伝達を抑制する。

・筋肉や骨格などの運動器に対する影響
→ 関節周囲の筋骨格系のバランスをテンセグリティ構造と捉え、鍼灸刺激によってそのバランスを調節する。

その他、近年注目されている、鍼灸の抗炎症作用についても紹介した

補足資料

体性ー自律神経反射

テンセグリティ

からだのシグナルに耳を傾けて -漢方における病の見方を健康管理に-

 

講師

 

 

鈴木 達彦先生

[帝京平成大学薬学部]

要旨  漢方医学の歴史は長く、中国では紀元前に医術の萌芽があり2世紀末には今日でも主要なテキストとなっている『傷寒論』が成立したとされます。日本では平安時代の10世紀後半には宮廷医の丹波康頼により『医心方』が編纂されました。以後、我が国の漢方医学は中国医学の影響を受けつつ独自の発展を遂げています。長い歴史のなかで漢方医学は病状を克明に観察して治療につなげてきました。治療につなげるための病気の見方や漢方独特の診断法は、東洋思想における自然観に根ざしたものといえます。「人間は自然のなかで生活している」ということは、今日の我々にとっては当たり前すぎて見失いかけているといえるでしょう。漢方の病気の見方で対象とするのは、自然のなかであるがままに全身で存在している人間自体であり、臓器や組織などを切り出してきたものを見るのではありません。人間自身が自然のなかでどのような状態にあるかを見極めて、やはり、自然のなかに存在している草根木皮を用いて治療します。病気になったときなどに私たちの心やからだはどのようなシグナルを発しているのか、漢方はどのようなアプローチをしているのかについて考えてみたいと思います。
京都大学名誉教授の哲学者、西田幾多郎(1870〜1945)は著書のなかで、「幾千年来我らの祖先を孚(はぐく)み来った東洋文化の根柢には、形なきものの形を見、声なきものの声を聞くといったようなものが潜んでいるのではなかろうか。」と述べられています。漢方医学は気の医学であるともされ、気は形なきものでありますが、体内をめぐるものも、雲気、天気といったように自然のなかでめぐるものも気として扱われています。自然のなかにある気を天の気、地の気ととらえ、人のなかをめぐる気を人(じん)の気ととらえます。自然の法則性のなかで人が生きているという思想は天人合一説といい、天の気、地の気をからだに導入して人の気を動かすということ天地人三才思想といいます。自然のなかに存在する気が、からだに導入されて全身をめぐっていることで、顔色や体格、目や唇の状態、舌の様子や爪の様子、脈拍の状態などは全身の状態としてとらえることができ、外気の影響などを含めて体調の変化をうかがい知ることができるのです。
略歴 1999年 東京理科大学薬学部卒
2002年 東洋鍼灸専門学校卒
2003年 北里大学東洋医学総合研究所医史学研究部客員研究員(2023年3月まで)
2014年 帝京平成大学薬学部
同年 千葉大学大学院和漢診療学客員研究員
受賞:第17回東亜医学協会学術奨励賞、第20回富士川游学術奨励賞、第32回日本東洋医学会奨励賞
著書:『生薬とからだをつなぐ』(医道の日本社)、『腹診のエビデンス江戸版』(医聖社)など
補足資料

No.01

No.02

No.03

No.04

No.05

No.06

 

新型コロナウイルス罹患後症状(コロナ後遺症)と漢方

講師

 

岡 孝和先生

[国際医療福祉大学病院 心療内科、国際医療福祉大学医学部心療内科学]

要旨  新型コロナウイルス罹患後症状(コロナ後遺症)患者の中には、日常生活に著しく支障をきたすほどの倦怠感と認知機能障害がみられ、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と診断可能な者も少なくない。本講演では演者の行っている新型コロナウイルス罹患後(post COVID-19) ME/CFSの治療について漢方治療を含めて紹介した。

ME/CFS患者では、そのときの閾値を越してしまうと急速に全身状態が悪化し(クラッシュ)、その後の回復に著しく時間を要する(労作後疲労、PEM)という特徴がある。クラッシュ、PEMは身体的労作だけでなく認知的労作や精神的ストレスによっても生じるため、身体、精神両面からの指導が必要である。具体的には診断時、(1) 適応的対処行動がとれるよう援助し、(2) 環境をととのえる(外的、内的刺激統制、周囲の理解を促す)。その後、薬物療法を行いながら(1) 適応的対処行動が習慣化するよう援助し、(2) クラッシュ、PEMをきたす閾値に対する気づきを促す(その技法として「元気貯金通帳」、仰臥位のアイソメトリックヨガ)、(3) 長期化することで生じる二次的問題(デコンディショニング、概日リズム障害、不安、抑うつなどの精神疾患、自己効力感の低下)に対処し、(4) 体調に波が出てきた時の過ごし方について指導する。回復期には (1)安静時に疲労を感じなくなったことイコール治ったことではないこと、(2)全ての症状が同程度に回復するとは限らないこと、(3) 病気の時の疲労と健康な時の疲労を区別することなどを指導し、病状が後戻りしないようにする。薬物療法は併存疾患(体位性頻脈、機能性消化管障害、線維筋痛症、慢性上咽頭炎、睡眠障害、精神疾患)と病態(酸化ストレス、脳血流低下、神経炎症)を考慮して行うが、本症に頻用される補中益気湯や人参養栄湯の構成生薬には神経炎症などの改善作用が知られている。

演者はPost COVID-19 ME/CFSに対する治療はモノセラピーでは不十分と考えており、患者の重症度や回復段階に応じた多視点的援助と治療を行っている。

1) Oka T: A patient who recovered from post-COVID ME/CFS: a case report.Biopsychosoc Med 2023, 17(8):1-7.
2) 岡孝和:ME/CFS生活の工夫 https://www.youtube.com/watch?v=ERvCEb9Jw-M
3) 岡孝和: 新型コロナウイルス感染症罹患後に生じた筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群に対する心身医学的治療. 日本心療内科学会誌2024,28(2): 55-62.

補足資料