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和漢医薬学会

第39回 和漢医薬学会学術大会「市民公開講座」

2022年9月16日 カテゴリー: 市民公開講座

閲覧期間:2022年8月27日 (土)〜2022年9月11日 (日)
講師
奥山 徹 [明治薬科大学名誉教授]
馬場 正樹 [明治薬科大学臨床漢方研究室]

シルクロードにロマンをかたる ~正倉院はシルクロードの終点である~

講師 奥山 徹
[明治薬科大学名誉教授]
要旨 東西の文物は、ローマ、ギリシャ、トルコ、エジプト、中央アジア、中国に至る通商路で、また、海のシルクロードを通して運ばれた。中でも、中国の特産品・絹が西域へ運ばれたことから、ドイツの地理学者リヒトホーフェンが「絹の道」と名づけた。

スイス留学中は、ロンドンKew Gardensやロシアを含むヨーロッパ各地を巡り、“すべての道はローマに通じる”を実感した。

●トルコでは、「トルコ産薬用植物および伝承薬物の調査・収集」(科学研究費;7回実施)として、アナトリア中央部乾燥地帯のカパドキア近郊を中心に、シルクロードに関わる多岐にわたる食材、伝承薬物等の収集・調査研究を展開した。

●カイロ南西のギザ台地で、第四王朝のタフ王、カフラー王、メンカフラー王の三大ピラミッドとスインクス近郊で、野生種のセージとトウゴマに出会えた。

壁画などの資料には、大麦やエンマ小麦でパンを作り、蜂蜜やゴマをかけて食べた形跡がある。多種多様の魚やガチョウ、カモなどの鳥が好まれ、鳥と魚の塩漬けか乾燥品があり、ビールとワイン、ナツメヤシから作ったヤシ酒が飲まれていた。

ミイラ(木乃伊;mummy)は、防腐処理に植物性油のゴマやバルサム樹脂、松脂などが使われていた。死者の化粧には紅花やヘンナが使われ、鼻を高く見せるために「黒コショウの果実」を詰め込み調整した報告がある。

●新疆ウイグル自治区を含む中国では、科研費並びに日中医学協会等からの支援を頂き、33回の調査研究を展開することが出来た。中国では、長年の風土病との戦いがあり、多岐にわたる独自の薬物や医療が誕生しており、それらが日本にも伝搬している。

●“奈良はシルクロードの終点である”といわれる。

正倉院宝物は、光明皇后が聖武天皇の77回忌に、帝のご遺愛品や大仏開眼会で使用された品々で、1300年間保存されている。

正倉院宝庫は平素、勅封によって閉ざされ、秋の曝涼期に、宮内庁から勅使(侍従)をお迎えし開封される。宮内庁からの委嘱があり、正倉院宝庫の中で、薬物・生薬の調査研究を行えた。

「蘭奢待」がテーブルに置かれ、付箋の人物名が目に留まった時には、責任の重大さで緊張し思わず身震いがした。

担当した[人参、大黄、桂心、芫花、遠志、甘草]は、市場品等と比較・成分検索を行ない、貴重な知見を得ることができた。

補足資料

くすりの道・シルクロードと世界の医学

講師 馬場 正樹
[明治薬科大学臨床漢方研究室]
要旨 紀元前2世紀から18世紀、約二千年の長きにわたり、東洋と西洋を繋ぎ、経済的・文化的・政治的・宗教的に影響を与えあった交易路「シルクロード」。「絹の道」は同時に「くすりの道」でもありました。今回は、明治薬科大学の明薬資料館収蔵の資料から、くすりの道としてのシルクロードを見ていきます。

本学資料館収蔵で現在一般公開されているマテリア・メディカ ウィーン写本のレプリカ。『マテリア・メディカ』はローマ帝国期の紀元77年ごろ、ペダニウス・ディオスコリデスにより記された全5巻からなる本草書であり、以来多くの写本が作られ1500年近くの長きにわたり西洋医学の根幹をなすものとして語り継がれてきました。また、本書は多数の言語に翻訳され、印刷技術の発達とともにさらに普及し、アラビア世界にも伝わり、ユナニ医学の基として発展していきます。さらに、西洋では錬金術から化学の進歩とともに、薬効成分の探求から単一成分の西洋医学へとつながっていきました。

一方で、東洋医学の三大古典の一つである神農本草経は、紀元2~3世紀に成立したとされ、こちらも現代に伝わり漢方や中医学の発展に多大な貢献をしています。また、東洋では東洋医学的理論に基づいた生薬の配合による漢方薬が発展し、全人的に俯瞰する東洋医学独自の方向へと向かいます。

洋の東西で、生薬から単一化合物へと向かった西洋医学、生薬をさらに配合して漢方薬を成立させた東洋医学と、その方向性は真逆であったことは興味深いものがあります。

一方で、これらの書物に収載されている天然薬物・生薬は、それぞれの地域に産するもののみならず、中央アジアや中東に産するものも含まれており、その効能は洋の東西で若干異なるものも含まれますが、同じような記述がなされているものも多くあります。これらはまさに、洋の東西がシルクロードによりつながれた証左であり、また、前の演者が紹介しておりますが、その一部は天平時代に我が国に伝わり正倉院薬物として現代にまで伝わっています。

シルクロードが果たした役割は、文化や物資の交流のみならず、くすりの道でもあり、それは現代医療にも少なからず影響を与え続けています。

略歴 1993年 明治薬科大学薬学部衛生薬学科卒業 薬剤師
1999年 明治薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了 博士(薬学)
2014年 明治薬科大学天然薬物学研究室 准教授
2017年 明治薬科大学臨床漢方研究室 准教授
明治薬科大学薬用植物園長、図書館資料館運営委員会委員など
清瀬市健康大学講師(2015)、東久留米市市民大学中期コース講師(2021)、清瀬市廃棄物減量等推進審議会会長(2021~)
補足資料