和漢医薬学の基礎と臨床の橋渡しを推進する

和漢医薬学会

第36回 和漢医薬学会学術大会「市民公開講座」

2019年10月18日 カテゴリー: 市民公開講座

開催日:2019年8月31日 (土)
場所: 富山国際会議場2F
オーガナイザー:柴原 直利 [富山大学和漢医薬学総合研究所 教授]
講師
御影 雅幸 [東京農業大学農学部 教授]
柴原 直利 [富山大学和漢医薬学総合研究所 教授]

和漢薬の国産化

講師 御影 雅幸
[東京農業大学農学部 教授]
要旨 漢方薬による治療が保健診療の対象となり、西洋医学とともに国民医療の一端を担うようになって40年が経過した。それに伴い、使用する漢方生薬の量も増加したが、必要量の大半を輸入に頼ってきた。
漢方医療の継続のためには国産化が望まれるので、これまでに様々な取り組みがなされてきたが、自給率は現在も約10%で改善されていない。最近では品質の低下も問題になっており、国産化に際しては品質向上も考慮する必要がある。
国産化が進まない理由はいくつか挙げられる。
(1)漢方生薬は『日本薬局方』に収載される医薬品で、医薬品としての基準に合格する必要があること、(2)漢方生薬にも薬価が定められており、薬価基準の多くが輸入生薬の価格に基づいているため安価であること、(3)栽培に適した品種・系統の選抜や栽培方法が確立されていないこと、(4)農薬の使用に厳しい制限があること、(5)収穫後に医薬品とするための加工を行うには、法令に基づいた許可が必要であること、などである。
演者らは10年近く漢方生薬マオウの国産化研究に取り組んできた。現在栽培面積は1haを超え、ようやく実生産の段階に入ろうとしているが、『日本薬局方』に規定された成分含量を確保することに苦労している。
マオウは葛根湯に配合されている。葛根湯はカッコン、マオウ、ケイヒ、シャクヤク、タイソウ、ショウキョウ、カンゾウの7種の生薬から構成され、マオウとケイヒ以外はすでに国産品が入手可能である。マオウの生産が可能になれば、あとはケイヒの国産化ができれば葛根湯をすべて国産生薬で作ることができる。演者らの夢でもある。
補足資料

健康と漢方

講師 柴原直利
[富山大学和漢医薬学総合研究所 教授]
要旨 健康という言葉の語源は中国の古典『易経』にある「健體康心」に由来するとされており、本邦では1832年に高野長英が『漢用内景説』の中で、健やか・丈夫・身を保つ・壮健などの状態を「健康」と記したのが最初で、1849年には緒方洪庵が『病学通論』の中で、身体内部の構造と機能が正常に保たれている状態を「健康」と記している。また、緒方洪庵が主宰する「適塾」の塾生であった福沢諭吉が『西洋事情初編』の中で「health」を「健康」と訳し、1873年に著した『学問のすすめ』でも「健康」を使用して普及したとされている。WHO(世界保健機構)は健康を「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に病気あるいは虚弱ではないということではない」と定義している。超高齢化社会を迎えた本邦では、高齢者人口が世界で唯一25%を超えており、2025年には団塊の世代が75歳となり、後期高齢者人口は2000万人を超えるとされている。平均寿命は疾病治療の発達や生活環境の変化により延伸してきたが、健康寿命は延伸しておらず、健康寿命延伸のためには、疾病の原因となる病態の発症を予防し、健康を維持することが重要と考えられている。
漢方医学には古来、「未病」との概念あり、「未病を治す」として疾病予防を重視してきた。三大古典の一つである『黄帝内経』には「是故聖人不治已病、治未病(道理に明るい人は、病気になってしまってから治療方法を講ずるのではなくして、まだ病にならないうちに予防する)。」とある。漢方医学では健康の程度は高い状態から低い状態まで連続しており、その程度が低下することにより疾病状態に至り、この疾病発症に向かう状態である未病段階で適切な治療を施すべきであると考えている。
この未病段階における漢方医学的診断の一つに気血水があり、生体は気・血・水の3つの要素が体内を過不足なく循環することによって維持される(恒常性が保たれる)と考えている。気は生命活動を営む根源的なエネルギーであり、血は気の働きを担って生体を循行する生体の物質的側面を支える赤色の液体であり、水は気の働きを担って生体を滋潤して栄養する無色の液体である。この気血水に過不足が生じたり、循行に異常がみられたりすると様々な症状がみられることになる。
気は形がなくて目に見えないが、経絡を循行して全身をめぐり、全ての臓腑を滋養・保護して、生命を維持している。気の異常には、気の産生障害あるいは消耗過多により気の量が不足した気虚、気の巡行が逆行した気逆、様々な部位で気の巡行がうっ滞した気欝があり、生体内においてはこれらの気の異常が様々な状態で併存していることが多い。
気の量が不足した気虚では、全身倦怠感や易疲労感、気力がない、食欲不振、日中の眠気、易感染性などの症状がみられ、その治療には人参や黄耆、山薬などの生薬を含む六君子湯や黄耆建中湯などの漢方薬が用いられる。気の巡行が逆行した気逆では、冷えのぼせや発作的な動悸・頭痛・胸痛・腹痛、嘔吐、咳嗽、易驚性、イライラ感、下肢や四肢の冷え、手のひらや足の裏の発汗などの症状がみられ、その治療には桂皮と甘草の組合せを含む苓桂甘棗湯や桃核承気湯、蘇葉や黄連などの生薬を含む漢方薬が用いられる。また、気がうっ滞する気欝では、抑うつ傾向や頭重感・頭冒感(何か物を頭に被ったような感じ)、喉のつかえ感、胸のつまった感じ、腹部膨満感、排ガスやゲップの増加、残尿感、朝は起きにくくて調子が出ないなどの症状がみられ、厚朴や枳実、竜骨や牡蛎などの生薬を含む半夏厚朴湯や大柴胡湯、柴胡加竜骨牡蛎湯などの漢方薬が用いられる。
血とは生体の物質的側面を支える赤色の液体であり、脈管の中を気の働きにより巡行しているとされている。この血の異常には、血の量が不足した血虚と血の流通が障害された瘀血があり、血虚では集中力の低下や顔色不良、不眠、頭髪が抜け易い、眼精疲労、皮膚乾燥や皸、爪の異常、腓返りなどの症状がみられ、その治療には当帰や芍薬、阿膠などの生薬を含む四物湯や芎帰膠艾湯などの漢方薬が用いられる。瘀血では不眠や精神的に不安定、のぼせ、肩凝り、筋肉痛などの症状がみられ、牡丹皮や桃仁などの生薬を含む桂枝茯苓丸や加味逍遙散、当帰芍薬散などの漢方薬が用いられる。
水の異常には水が偏在した水滞があり、正常であれば水のたまらない場所に水がたまる、あるいは水のあるべき場所に水がなくなるという病態で、身体の重い感じやズキズキする頭痛、頭重感、車酔い、眩暈、立眩み、浮腫、朝のコワバリなどの症状がみられ、茯苓や朮、沢瀉などを含む五苓散や真武湯などの漢方薬が用いられる。
このように、漢方医学においては身体の状態に適した漢方薬を用いる必要があり、そのためには身体の状態を把握した上で、状態にあった環境整備や食事、適した漢方薬の服用により、健康を維持することが出来ると思われる。

補足資料